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海のミルク

中国地方一周旅行
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11月7日(土)


7時半ごろ起床。

スクショ撮るの忘れた。

3時半くらいまで喋ってた。

うまいこと寝付けなかった人は2時間弱くらいしか寝れてないそうだ。


ぼちぼち出発する用意をして30分後くらいに別荘を出た。

今回の旅行は運転手が1人しかいない。

というより、1人しか運転の保険が効かない。

運転手の自家用車だからだ。

たぶん1000キロくらい1人で運転してもらうことになる

もちろんその分他の3人で余分に費用を負担するが、それでも足りないくらいだ。

最初の目的地は大久野島。

朝ごはんは途中のSAの屋台で食べた。

イイダコとゲソを甘辛いタレで焼いた串。

イイダコは初めて食べたが普通のタコより味が濃かった

うまかった。

そこから1時間後くらいに大久野島に着いた。

大久野島では約90年前から太平洋戦争終結まで毒ガス兵器の開発が行われていた

昭和初期には日本地図からその存在が消されていたという歴史もある。



現在は野生のうさぎが大量発生している島として有名になっている

上陸してすぐに事前に購入していたうさぎ用のエサをあげた。

真顔でひたすらモシャモシャ。

かわいい。

でも、なでると嫌がってすぐ離れる。

エサがなくなると離れる。

ビジネス感がすごい

購入したエサが意外と多く、全部消費するのに時間がかかった。

最後の方は直接あげずに設置していた。


ある程度うさぎと触れ合ったあとは毒ガス資料館に行った。

軽い気持ちで訪れたが、戦争の歴史や毒ガスがもたらす症状について詳細に展示されていた。

毒ガスはガスに触れるだけで皮膚に水疱ができ、

それが割れることによって傷口が化膿し体を蝕んでいくというものだった。

私がイメージしていた毒ガスとは違っていた。

私がイメージしていたのは吸ったら即死するようなガスだ。

当時の技術では作ることができなかったか、

動けない人間を増やすことによって敵の機動力を奪うためかのどっちかだと思った。

後者の理由は非人道的極まりないが、あり得ないことはない。

今の私は数々の死屍累々の上に成り立っているのだと感じた。

先人の命に恥じないような生き方をしなければ。









毒ガス資料館を出たあとは宮島に向かって出発。

2時間後くらいに宮島到着。


とりあえず鉄骨アート(厳島神社鳥居)を見てから店を回った。

屋根葺の取り替え、塗装、修理を行っているらしい。

終了日時は未定。

途中、お土産屋さんのおばあちゃんにもみじまんじゅう買わされそうになった。

昼ごはんは穴子の天ぷらを食べた。

実は去年も同じ店で同じものを食べていたが、2回目も美味しかった。

一緒に食べていた友達は穴子の天ぷらを大絶賛。

そのあともちょっとぶらぶらしてから島を出た。


晩ごはんは宮島近くの「島田水産」という牡蠣専門店で牡蠣を食べた。

ここは牡蠣の直売所もやっており、めっちゃ人気。

みんなはとても楽しそうにしていたが私は基本的に貝類や海老が苦手

磯の生臭い香りが得意ではないからだ。

なので、牡蠣はカキフライでしか食べたことがなかった。

しかし蓋を開けてみると、ここの焼き牡蠣は生臭い匂いが全くせずパクパクいけた。

海の上の席で七輪を使って焼くスタイルもめちゃくちゃよかった。

2000円ちょっとで5種類の牡蠣料理を食べられて、雰囲気もよいので最高だった。

仕事の帰り道にあったら必ず立ち寄ってしまうだろうと話をした。

牡蠣が好きになれる場所

しかし、熱々の牡蠣の汁が指にかかってメンバーの1人が悶絶してたので

火傷にはくれぐれも気をつけないといけない

晩ごはんのあとはホテルに向かった。

ホテルに着いたころにはみんなクタクタになっていた。

特に、運転手が死にそうだった。

とりあえずすぐにシャワーを浴びて

コンビニで夜食や朝ごはんを買った。

それからしばらく話したあと、運転手は10時半くらいに死ぬように眠りについた。

他の2人は11時くらいに寝た。

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